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河口湖周辺には、歴史や文化を感じられる場所、そして数多くの富士山ビュースポットがあります。何も気にせず通りすぎてしまう場所にこそ、大きな感動や発見があるかもしれません。そんな趣深い場所を見つけて、ぜひ観光やレジャーの合間に立ち寄ってみて下さい。

河口湖.net 掲載情報一覧マップ

河口湖について

口湖は、富士河口湖町(ふじかわぐちこまち)にある富士五湖の一つです。富士五湖はほかに「本栖湖(もとすこ)」「精進湖(しょうじこ)」「西湖(さいこ)」「山中湖(やまなかこ)」があり、山中湖村にある山中湖以外は富士河口湖町にあります。

河口湖の湖面面積は山中湖に次いで2番めの大きさです。また水深は最も深いところで14.6m、こちらは山中湖に次いで2番めの浅さとなります。ちなみに河口湖に次いで3番目の大きさの本栖湖ですが、湖水の容量を比較すると河口湖よりも約6倍の量があります。これは、本栖湖の最深部が121mもあるためで、富士五湖の中でも飛び抜けて深い湖となります。

水面標高最深部周囲面積貯水量
(km3×1000)
本栖湖902m121.6m11.8km4.7km2316
精進湖902m15.2m6.8km0.5km23.5
西湖902m71.7m9.9km2.1km280.1
河口湖830m14.6m21.0km5.7km253
山中湖982m13.3m13.9km6.8km264

富士五湖の位置関係(標高)と水位比較

富士五湖の水深と標高
本栖湖が最も深い湖です

本栖湖、精進湖、西湖は、かつては「古せの海」という一つの湖と考えられており、そのため湖面標高がすべて同じ902mとなっています。

富士山が噴火を繰り返し、この大きな湖を溶岩で分断して、現在の3つの湖に分かれました。3つの湖は同じ地下水脈を有しているため、水位が連動する傾向があることも大きな特徴です。

溶岩で三湖に分かれた図
溶岩の影響を大きく受けている河口湖周辺

※図中では山中湖も元は大きな湖「宇津湖」とあり、かつて同じく富士山の噴火の影響でこの宇津湖が忍野八海と山中湖に分かれた説もありましたが、周辺のボーリング調査により否定されています。
出典:「富士山北麓の湖底堆積物から湖形成史を探る

西湖の南側に位置する高台の三湖台からは、その名の通り本栖湖、精進湖、西湖の三湖をいっぺんに見渡せる展望台があります。溶岩が作り出した青木ヶ原と湖を眼下に一望することができます。

三湖台からの眺め
三湖台からの眺め

河口湖をはじめとした富士五湖は、2013年6月22日、富士山を含めた「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」構成資産の一部として、世界文化遺産に登録されました。富士河口湖町には、ほかに「河口浅間神社」「冨士御室浅間神社」「船津胎内樹型」の構成資産が存在します。

また河口湖には、富士五湖で唯一となる「島」と「橋」が存在します。周囲が700mほどの「うの島」は富士河口湖町指定文化財にもなっており、富士山をバックにした大石公園からの眺めが人気です。「河口湖大橋」は全長が約500m、日本の道100選にも選ばれておりその記念碑が橋の入口に置かれています。

河口湖大橋からの富士山
河口湖大橋からの富士山

河口湖の周囲は約21kmです。二周で約42km、そのため富士山マラソンの前身「河口湖日刊スポーツマラソン」時代は、河口湖を約二周するコースが利用されていました。

河口湖日刊スポーツマラソン時のコース
「河口湖日刊スポーツマラソン」時のコース

河口湖の周囲にはウォーキングトレイルが整備されているのですが、大石地区から先の一部と西側の奥河口湖部分は未整備となっています。そのため、サイクリングで河口湖を一周しようとすると一般の道路を走らなければならない区間がでてきます。道幅が狭い区間も多くあるため、通行には特に注意が必要です。

河口湖のウォーキングトレイル
©富士河口湖町役場

河口湖周辺の年間行事

河口湖の周辺では一年を通じて季節の風景と富士山を楽しめるイベントや、富士山にゆかりのあるお祭りなどを楽しむことができます。特に春の桜の季節と秋の紅葉の季節には、富士山との共演を求めて全国各地から多くの人が観光に訪れます。春のイベントとしては「河口湖さくら祭り」、初夏のイベントとしては「河口湖ハーブフェスティバル」、秋のイベントとしては「富士河口湖紅葉まつり」が特に人気で、また「もみじトンネル」からの富士山も秋の河口湖には欠かせないスポットとなっています。

紅葉まつりが開催される「もみじ回廊」
1月20日~の土・日曜日:河口湖冬花火
2月~18日までの土・日曜日と23日:河口湖冬花火
3月
4月~14日:富士・河口湖さくら祭り、13日~:富士芝桜まつり、25日:河口浅間神社「孫見祭り」、29日:甲斐の勝山やぶさめ祭り
5月~26日:富士芝桜まつり
6月6/24~:河口湖ハーブフェスティバル
7月~7/17:河口湖ハーブフェスティバル、1日:富士山・河口湖山開きまつり花火大会、28日:河口浅間神社「太々御神楽祭」
8月4日, 5日:河口湖湖上祭
9月9日:冨士御室浅間神社秋の例大祭、18日:八王子神社筒口神社例祭
10月28日~:富士河口湖紅葉まつり
11月~23日:富士河口湖紅葉まつり、26日:富士山マラソン
12月

富士河口湖町の歴史

河口湖のある富士河口湖町(ふじかわぐちこまち)は明治時代より周辺の村との合併・分村を繰り返し、2006年3月に富士五湖のうちの4つの湖と富士の麓の広大な青木ヶ原樹海を有する現在の町が誕生しました。

「富士河口湖町」の町名は2003年11月に足和田村、勝山村、河口湖町の合併により誕生しました。町を歩いていると時々「河口湖町」と書かれた表記を見かけますが、それは2003年11月より前に作られたものだと分かります。

林作公園入り口

林作公園の入口に「河口湖町」

合併と分村

地名に残るそれぞれの地区は以前は独立した村であったため、公園神社・祭事などの文化風習に触れることで、今でも当時の村の特色を色濃く感じられることがあります。

富士河口湖町の村落

1875年(明治8年)川口村と浅川村が合併して河口村が誕生
船津村と小立村が合併して大富村が誕生
1878年(明治11年)大嵐村、長浜村が誕生
1888年(明治21年)大嵐村と鳴沢村が合併
1889年(明治22年)船津村と小立村が分村
浅川村が河口村から分村
梯、古関、精進、本栖の4ヶ村が合併し上九一色村が誕生
1890年(明治23年)船津村と浅川村が合併し船津村へ
1892年(明治25年)勝山村誕生
1899年(明治32年)大嵐村と鳴沢村が分村
1942年(昭和17年)長浜村と西湖村が合併し西浜村が誕生
1955年(昭和30年)西浜村と大嵐村が合併し足和田村が誕生
1956年(昭和31年)船津村、小立村、大石村、河口村の4ヶ村が合併し河口湖町が誕生
1957年(昭和32年)開拓により、上九一色村に富士ヶ嶺地区が誕生
1989年(平成元年)上九一色村の富士ヶ嶺地区にオウム真理教が進出
1996年(平成8年)オウム真理教の完全退去
2003年(平成15年)足和田村、勝山村、河口湖町が合併し富士河口湖町が誕生
2006年(平成18年)上九一色村南部地区(精進・本栖・富士ヶ嶺の三地区)と合併し、現在の富士河口湖町が誕生

河口湖周辺の野生動物

河口湖は比較的開発が進んだ観光地ですが、周囲を高い山に囲まれているため野生で暮らす動物を目撃することが多くあります。その中で最もメジャーな動物は猿で、湖畔道路沿いの山林から道路を横切るものなど、湖畔近くの低地にも比較的多く出没します。山林を通る旧道やハイキングコースではさらに高い確率で遭遇し、餌を与えないようにという注意書きも良く目にします。

そのほかにはキジも比較的多く目にします。住宅の密集した場所でも広めの畑があれば餌を求めて飛来してきます。キジは国鳥でもあるので、見かけたらちょっと得した気分になりますよ。

頻繁に出会う猿
頻繁に出会う猿

畑に降りたキジ
畑に降りたキジ

トレッキングなどで山道を歩く際には熊にも注意してください。最近は河口湖周辺では熊の目撃情報はないのですが、目撃情報がないだけで熊がいないとは限りません。数年前にはアジサイで有名な天上山護国神社近くでも熊が罠にかかり捕獲されました。仮に熊の目撃情報があった際には、町内の一斉放送があり周知されるようになっています。資料[PDF] 山梨県森林環境部「ツキノワグマとの遭遇を避けるために」

神社近くの旧道
神社近くの旧道


またこちらも稀ですが、山林では鹿に出会うこともあります。猿ほど頭数も多くないですし臆病なので、まずふもとで見ることはないでしょう。気付かずに遭遇すると、全く鹿など頭にないこともありそれなりに大きな動物なのでかなりビックリします。運が良いと雄鹿の立派な角を拾うこともあります。

河口湖の気候

口湖駅は標高857m、河口湖が多少低くなり標高830mの位置にあります。そのため、東京と比べると年間を通じて平均気温が5~6度低くなります。特に冬場の寒さは厳しく、12月~3月の最低気温はマイナスとなります。

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気温と降水量

1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
最高気温5.36.19.715.919.922.626.527.623.317.813.38.4
最低気温-6.2-5.2-1.73.38.513.217.51814.67.91.7-3.4
平均気温-0.60.23.69.313.917.421.322.118.412.47.12
降水量(mm)55571021051241621632502531777942